HP管理人(やまだ かまち)

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ど田舎生まれ・ど田舎育ちの小生の生い立ちについて、まとめておきました。

地方に住まれる方々や、同じ時代を生きる30代、悩む新卒・20代社会人、これからの時代を作る学生の方々に、何か共感として響くものがあれば幸いです。

誕生〜中学

198X年生まれ。
父親は生まれて一度も家を離れたことがなく、母親は元々隣街に住んでいたという典型的な地方ローカル家庭の下、人口1万人を優に下回る長閑な地方で育つ

家庭が自営業だったこともあり、人口が少ないながらも人との交流には恵まれる。また田舎ゆえの大自然にも恵まれ、大学生の時に周りの人が「紅葉狩りに行く」と聞いて驚いたのは忘れません
(紅葉は毎日家からでも楽しめるものだと思っていましたから。。)。

勉強や運動は出来る方ではありませんでしたが、お金も物も貧しいなりに毎日を楽しんでいたように思います。

高校〜大学

高校生になると、これまた典型的地方ローカル家庭あるあるの「父親と同じ高校へ」進学。ちなみに姉も「母親と同じ高校」へ進学。進学先に選択肢なんてありません。

高校生になった時、父親が気まぐれでパソコンを新調。そのパソコンはなぜか私の部屋に設置され、「お前が一番使うだろうからお前の部屋に置いておく。好きに使っていいけど、セットアップとか、故障したときは対応全てよろしく。」と丸投げされる。

でも、これが田舎ライフで全て完結するはずの私の人生を変えました。

インターネットの恩恵です。

自転車で通える範囲に本屋もなく、また塾もなく、そもそも塾に通うほどのお金は家にありません。

しかし、インターネットがあれば、田舎からでも質の高い情報にアクセスできることに気付いたのです。

勉強して分からない内容や良い参考書をパソコンで調べ、またAmazonで参考書を買い、効率良く勉強することを意識しました。

その結果、入学時は生活態度が悪くて指導対象に毎回選ばれる私も、気付いたらテストの成績で上位に入り、その後は毎回上位を維持することに楽しさを覚えます。
結果、地方公立に行ければ御の字のところ、自らの手で早稲田大学へ進学することができたのは良い経験です。

ただ、私大に進んだ私に対し、公立大に進んだ姉は気持ちの良い感情は抱くはずがありません。人生最大の家族会議が開催されたのはあまり思い出したくない思い出。。

こうして、田舎の貧乏人が突然都会へ出ていくこととなりました。

大学〜社会人

200X年に大学生となり上京。上京初日は池袋駅での乗り換えで迷子に。その後高田馬場駅でも降りてからどう大学へ行けば良いのか分からず、右往左往したことは鮮明に覚えています。

入学式の後の数日間、周りのみんなが賢そうな上、私はなかなか訛りが抜けず、周りの人と会話をするのが恐かったのが本音です。

田舎にいた時は毎日21時には家にいましたし、電車も1路線が1時間に1本しかなく行き先に迷うこともありませんでした。しかし、周りは平気で終電まで遊んだり、電車をスイスイ乗り換えし、頭の作りが違う別の人種のように見えました。自分が田舎で育ったことを悔しく思った時もありました。

でも、人間不思議と慣れてしまうんですよね。

数ヶ月も経てば今までの田舎生活では触れられなかった新鮮な毎日に熱狂。
文系学生らしくゆるめな学業ライフな中、周りの仲間と刺激溢れた充実した日々を過ごせていました。

サークル活動に情熱を注いでいた私ですが、貧しい田舎からなけなしの貯えで都会へ出てこさせてもらっている立場。
周りがどんなに賢くても成績だけはきちんと取り、努力している姿を両親に形で示そうと心に決めていました。

当時は成績が今後の人生に全く意味がないことなんて理解していませんでしたが、一応総合成績(GPA)3.5以上(※半分以上が優、残り半分が良相当)を常に維持することができ、このお陰で運よく給付奨学金を途中からいただきつつ、大学生活を送ることができました。
どんなに周りが優秀でも、覚悟と努力があれば人間ある程度のことは達成できると学べた経験です。

そしてみんなと一緒に必死で就活し、それなりの日本の会社に就職。

就職して1年経った時、あることに気付きました。

社会人1年目の源泉徴収票を見た時、無利子奨学金を借りるときに親から渡された家の所得を思い出したのです。

残念な現実でした。私の源泉徴収票の方が、実家の自営業よりも稼げていたのです。

これが都会と田舎の現実かと思ったことは忘れません。また、少ない稼ぎで私を都会に送り出した両親への恩を、恥ずかしながらこの時になって初めて、痛いほど実感しました。

社会人〜今

私は今、新卒で就職した会社から転職することなく今に至ります。

学生生活で触発された熱意と少しの信念のもと社会人生活を駆け抜けていたつもりが、気付けば約10年。

文系サラリーマンらしく武器も持たずに脳ミソ勝負な中、新しく若手らしい発想を取り入れ、与えられた環境でバリバリ働いてきた自負あり
休みの日は社内外の仲間と旅行やスポーツに明け暮れ、空いた時間に読書に勤しみ、毎年海外に一人旅をして、仕事以外の自分にも投資ししてきた自負あり
会社で役に立てるよう、資格もいくつも取ってきました。

でも、気付けば夜のサラリーマン街に溢れる「社内でしか使い物にならなそうな人材」に漏れなく出来上がってしまった現実。。

学生の時「バリバリの社会人になって活躍したい!」と思い、目にしたカッコイイ社会人に憧れて努力したつもりが、目指した目標は今で言うオールドエリート。
強いて言うなら目標どおりのオールドエリートには、残念ながら近付けているのかも。

でも世の中は変化するもの。

Turn and face to change.

私も気付けば30代。おっさん化していく中で新しい時代について行けるよう、会社以外でも奮闘開始!
朝から夜まで仕事ですが、通勤の合間と帰宅後の夜中の時間を使って、毎日思考を巡らせることにしました。

考えることは尽きません。考えることは楽しいから、それは楽しみが尽きないということ。
日々生きていく中で私たちは悩み、迷います。そんな日常に抗うために、ぜひ一緒に日々考えることを習慣にしましょう!


満員電車でペシャンコになりながら通勤する日々を「平成のアウシュビッツ」と笑えるような日が来るといいなぁ。