Hands-on making many small changes,
growing seeds of idea.
こんにちは。”やまだかまち”です。
ど田舎生まれ・ど田舎育ちの30代おっさんサラリーマンですが、テレビだけでは届かない都心・世界の情報を地方に届け、地方に住むことを後悔しない人材の開発に貢献することを願い、今日も眠気に抗います。
ちょうど便座の更新時期なのか、最近田舎の方でもやたら公共施設や家のトイレを改築する話を耳にします。
トイレという空間は、人間にとっては毎日を過ごす大切な場所です。さらに言えば、一人になれるとても快適なひとときです。
皆さんはトイレでいかがお過ごしですか?
私にとってはトイレは集中するのに向いているようです。学生の時に用を済ませながら単語を覚える習慣が身に付いたこともあり、その後は本を読む時間になっています。
しかし、そのトイレの時間も、実は効率化されるよう世の中から仕掛けられつつあるのです。
それでは、本日の気になる記事はこちら↓
「トイレでサボる時間」を25%も削減できる便器「StandardToilet」が登場
<2019.12.19> Gigazine
要約すると
- 従業員がトイレで過ごす時間を25%削減できるようにした便器「StandardToilet」が開発された。
- イギリスの従業員一人あたりがトイレに費やす時間は10分であり、年間で2兆3000億円が失われる計算。
- StandardToiletは、便器が角度にして13度、前下がりのデザインになっており、座っている人の足への負担が増加し、長時間座ることが難しくなる。
- 太ももやふくらはぎの強化を図り、筋骨格系疾患のリスクも減らせる。
トイレくらいゆっくりしたいですが、ちょっとした工夫で人間はいとも簡単に行動の変容が起こされるようです。
時短の傾向
日本の会社はここ最近の生産性向上の煽りもあり、「時短」は一つのキーワードになりつつありますね。
何も仕事に限らず時短は流行っていて、スーパーの買い物も髪を切るのも時短、その他時短家事を始めとする時短料理・時短メイクと、意外と女性の方が時短を求めているのかもしれません。
寿命が延びて人生長くなっているんだしもっとゆっくり生きればいいやん。
なーんて癒しの一言を言ってくれる人は今まで周りにいたっけか…。
時間が長くかかることが悪、という構図がどこか日本人の共通認識になっています。
時間もお金と同じような存在で、僕をはじめみんなが時間貧乏で時間に飢えています。お金の無駄遣いを避けるがごとく、時間の無駄遣いを避け、同様に節約もします。
ただ、お金は際限なく人の何倍も稼ぐことが可能でも、時間は人の何倍も生きるということができません。
時間は限りのある存在で、どうやってその限りのある存在の中から自分の使える時間を増やすか。大事な時間を人からやたら取られてしまっていては、他人の奴隷です。
ただ、他人に時間を取られてしまうことは時にコントロールできない場合もあるかもしれません。一方、自分の時間はコントロールしやすく、ちょっとした工夫の効果が出やすいとも言えます。
コントロールしやすい分、時短にトライした結果もすぐ目に見えて気持ちが良い。そんなところも時短の楽しさ・嬉しさと言えそうです。
でも前回の記事でも触れましたが、何でも無駄を省けばいいってものでもありません。時短と言って無味乾燥な生き方になるのでは、人間がただ機械に近づくだけで本末転倒だと、僕は思います。
これからの僕(→おっさん)らは
時短を起こすにはアイデアが必要です。テクノロジーを使うのも、元はテクノロジーを生み出したアイデアがある訳です。
アイデアの好物といえばニーズ(需要)。ニーズが分からなければ、アイデアは自発的に生まれてきません。
ニーズは自らのもの、他人のもの、どちらでも問いませんが、僕たちが仕事をしていてついつい見失いがちなのは「自分のニーズも自分で解決できる」ということ。
仕事をしてると「誰かの悩みを解決することが仕事の役割」のように捉えてしまいがちですが、その悩みは自分のものでもいいはずです。
いやむしろ、自分の悩みを解決出来てないと思われる人に助けてもらいたいかと言えば、誰もがそうではないはず。自分のことはしっかりできてます、といった先入観を見た目や人となりから感じさせることも、営業やコンサル等のお仕事では大事なのかもしれませんね。
例えば今回のトイレの時短。自分で「トイレの時間、ついつい長居してしまうから短くしたい!」と思えば、あえて体勢の辛い和式を選ぶという発想もあるかと。

私の中ではこのインド式よりも、台南で出会ったゴミ箱糞まみれのトイレの方がキツかった。。
あとは洋式でも自ら便座に触れない座り方をするとか、座ったらすぐにスマホでタイマーをセットするとか。本当にちょっとしたアイデアでも改善はできそうです。
こう考えていくととても個人的な、いわゆるミクロ的視点での解決となりますが、個人レベルの解決を目指すアイデアとするのか、集団レベルの解決を目指すアイデアとするのか、アイデアの立て方でアプローチが変わるというポイントも忘れてはいけません。
でも、何より僕たちが忘れているのは、自分のニーズを明確にするファーストステップ。何も叶わない・叶っても変わらない世の中に辟易しているうちに、この第一歩を忘れてしまったのでしょう。
自分の抱えるニーズという種。考えることで発見し、拾った種にアイデアという水をやる。小さい子供の頃、鉢で花を育てた時のように、たまにはやってみましょうか。花を育てた楽しさも、もうきっと忘れていますよね。
・・・・・
答えは直ぐには出てきませんが、チャンスの神様を逃さないよう些細なことから考えることを習慣に。
じゃあな。またな。

人口1万人を切るど田舎生まれ・ど田舎育ちの30代おっさんサラリーマン。
特技は社畜ライフで鍛えた体力を用いての弾丸バックパック旅。
高校入学時に親からPCを与えられ、インターネットの恩恵により田舎高校から早稲田大学へ進学。
サークル活動に没頭するも総合成績(GPA)3.5以上を常に維持し、寄り道することなく社会人になる。
現在は社会貢献という自己解釈のもと会社で深夜残業・2年で転勤&転居が当たり前。
休日はスポーツ・資格の勉強・海外バックパッカーで構成される。あと、大量の睡眠も欠かさず補充。
10年ほどこの社会人スタイルで過ごし、70歳まで続けるのは無理だと悟り、自らの人生を真面目に思案中。